四
野末の陽炎(かげろう)の中から、種蓮華(たねれんげ)を叩く音が聞えて来る。若者と娘は宿場の方へ急いで行った。娘は若者の肩の荷物へ手をかけた。「持とう。」「何アに。」「重たかろうが。」 若者は黙っていかにも軽そうな容子(ようす)を見せた。が、額(ひたい)から流れる汗は塩辛(しおから)かった。「馬車はもう出たかしら。」と娘は呟(つぶや)いた。 若者は荷物の下から、眼を細めて太陽を眺めると、「ちょっと暑うなったな、まだじゃろう。」 二人は黙ってしまった。牛の鳴き声がした。「知れたらどうしよう。」と娘はいうとちょっと泣きそうな顔をした。 種蓮華を叩く音だけが、幽(かす)かに足音のように追って来る。娘は後を向いて見て、それから若者の肩の荷物にまた手をかけた。「私が持とう。もう肩が直(なお)ったえ。」 若者はやはり黙ってどしどしと歩き続けた。が、突然、「知れたらまた逃げるだけじゃ。」と呟いた。
五
宿場の場庭へ、母親に手を曳(ひ)かれた男の子が指を銜(くわ)えて這入(はい)って来た。
「お母ア、馬々。」
「ああ、馬々。」男の子は母親から手を振り切ると、厩の方へ馳けて来た。そうして二間(けん)ほど離れた場庭の中から馬を見ながら、「こりゃッ、こりゃッ。」と叫んで片足で地を打った。
馬は首を擡(もた)げて耳を立てた。男の子は馬の真似をして首を上げたが、耳が動かなかった。で、ただやたらに馬の前で顔を顰(しか)めると、再び、「こりゃッ、こりゃッ。」と叫んで地を打った。
馬は槽(おけ)の手蔓(てづる)に口をひっ掛けながら、またその中へ顔を隠して馬草(まぐさ)を食った。
「お母ア、馬々。」
「ああ、馬々。」
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